女川町誌
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第二章出島の地誌第一節出島の概観本島の西南端、女川湾に面した小さい入江の上の与名子館と呼ばれる丘から、先住民族の竪穴住居の跡が昭和二十八年の夏発見された。当時東北大学の考古学研究室が調査のため来島され発掘の結果、出土品の中に繩文式前・中・後期各々の土器等が発見された。そしてこの竪穴住居跡は五千年前から三千年前代にかけて先住民族が生活したものであろうと認定せられた。本島は離島であつても海辺に貝や魚類が豊富であつたと見え、早くから先住民族が住んだものと思われる。有史以後に於ける古代の歴史は詳かでないが、今より十数年前本島薬師堂境内の地下から、正治(一、一九九)正元(一、二五九)などの年号のある古碑が発見されたというから、恐らく鎌倉時代の前後に住民が入込んでいたものと推測される。なお降つて正応一、出島の小史865

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