女川町誌
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な情操と創造⑼健康と安全等にその主眼を置き所謂「全人的発達」を期する三、家庭生活・社会生活封建的慣行より脱却し、研磨された文化的民主社会人としての自覚と責任とを持つようになる。この基本的方針の達成のために⑴家庭・社会生活の民主化と合理化⑵民主的社会人としての基礎的態度の訓練(イ、責任感ロ、時間励行ハ、寛容ニ、礼儀ホ、社会道徳)⑶相互扶助の徹底(イ、協調ロ、奉仕)⑷公衆衛生の徹底⑸政治や社会に対する理解(イ、社会情勢の認識ロ、政治の理解)⑹遵法の精神⑺教育の振興⑻文化財の尊重⑼愛郷心の強調等によつて「好ましき家庭人即社会人」となることを期する四、経済生活・職業生活「正い生活観」と「たくましい勤労意欲」と「絶えざる生産技術の向上」とが個人を豊かにし、社会をうるおす捷径であるという観念を持つようになる。この基本的方針の達成のために⑴正しい生活観の確立⑵職業人としての資質の向上⑶勤労意欲の高揚と生産技術の向上⑷資源の開発利用と愛護⑸生産の合理化⑹商業道徳の堅持等についての過程としての諸知識を与え、郷土産業振興への意欲を根強く培う女川第三小学校沿革年月日沿革事項明治六石浜小学校と称し、校舎は現護天山保福寺を以て之に充つ、 (開校当時女川村石浜にあつたので、尾浦に移転後も暫く石浜小学校と称した。通学区域は尾浦・竹浦・桐ヶ崎・石浜・宮崎御前・指浜の七区であつた)同一七分離して寺の東南の高台にある行屋を使用して校舎に充つ、尾浦小学校と改称、支校を竹浦・御前に置く同二〇尾浦尋常小学校と改称し、御前に出張所を置く同年校舎を行屋跡に新築し、竹浦には桐ヶ崎と合して出張所を置く同二〇、六出島簡易小学校当校の分教場となる同二二、八出島分教場を独立分離す同二五、小学校令改正に伴い女川尋常小学校の分教場と663

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