女川町誌
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われ、赤字発生の大なる原因となつたのである。四、六三制実施と地方財政昭和二十二年六三制義務教育の実施により、各市町村は悉く中学校独立設置の義務を生じ、何をおいても校舎の増築という問題に突き当つたが、国庫の負担が少いために市町村にとつては大なる重荷となつたのである。本町に於いて第一中学校を建築した時は約二千百四万円の事業費に対し、国庫補助事業認定額は五百五十五万円で、補助率がその二分の一であるから僅に二百七十七万五千円の補助で、残額は悉く本町の負担であつたのである。斯様な実状であるから六三制の実施は何れの市町村と雖も深刻な苦悩の種となり、無理な増税や寄附の割当によつて、この窮境をのがれる団体が続出し、或は公選市町村長という責任上から職を辞する者、甚しきは自殺する者まで出した程である。従つて当時巷間では「六三制は市町村長の命取りだ」と言われたものである。かゝる状勢下に於て本町が第一中学校を建設した方法は㈠町有財産の処分㈡町民より割当公募債借入㈢政府資金からの借入㈣国庫補助等を基本として、昭和二十三・四年インフレ亢進のさなかに、どうやら竣功することが出来たのである。五、警察制度の革新昭和二十三年には警察制度の根本的改革が行われ、府県市及び人口一万人以上の町村は所謂自治体警察制度が施行された。この制度は民主警察という精神的によい面があるものゝ、義務付けられたる町村にとつては財政的裏付もなく、経済的には大なる重圧となり、本町に於いても他町村同様の苦悩をなめ、やがて自治体警察返上論が抬頭し、数年にして大部分の町村はその返上が実現し県市さえ今は廃止されたわけである。六、ドッチ及びシャープの勧告620

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