女川町誌
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以上の様に浦宿浜に二軒、女川浜に四軒、横浦と竹浦とに各一軒が開店していた。しかし当時は商業といつても、今日の様に堂々と店を張つて営業を行う様な商業でなかつた。家屋を借りて商業を開いている者などは進歩的な外来人でなかつたかと思われる。そして多くは渡波や石巻から商品を仕入れて営業した。当時石巻はもとより渡波は船着場とし、物貨が輻輳し、街も繁昌していたのである。女川の商人は大体石巻・渡波などの商人に依存していたものと推測される。なお一面に於ては浜方の漁業者が収穫した魚類とか海草等を買い集めて、これを他地方の消費者にまで広く売捌く専門的な商人や商店も次第に出現して来たのである。しかし明治十年頃から同三十年に至る間の商業に関する記録がないので、商店の増加並に商業の発達等の状況が正確には解らない。僅かに町村制を布いた明治二十二年に国税・地方税・村税等の営業税を取つたことが知られる。490

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