女川町誌
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明治十一年政府は野蒜を開築して商港と為すに決し、巨額の費用を投して工事を起せしも、其実况大に予算と齟齬せし所あり、工事を中止するの止む可からざるに至りしが、更に女川、石浜等の諸港湾を測量せしめ以て野蒜に代ゆるの地を求め、而して本県々会も亦政府に向つて築港の請願を為せしこと特に一再のみならざりき、政府が本県下に商港開築の必要を認めしは此等の事実によりて瞭然なり。商港開築の必要は何人も異論を挟まざる所なりと雖も、何れの港湾を以て開築に充つへきか、是れ未了の問題に属す、某等の所見を以てすれは本網港を以て最も適当なりとす、従来本県下の築港地として政府の測量若くは予定に上りしものは、野蒜石浜・女川・本網の四ヶ所なり、各専門家の調査に拠れは左の如し。㈠野蒜は全く築港に不適当なるに非らずと雖とも、明治十一年の計画に係れる築港工事は一も実施に適せず、且つ新工事を起さんには六百万円許の経費を要す。㈡石浜は水底浅く暗礁多く砕岩浚渫の困難は予想外に小なりとするも港外附近の海上は風濤激烈にして船舶の出入に危険なり、結局何等の計画に出つるも実施するに難し。㈢女川の良港湾なることは万口一致する所にして、海軍省に於ても既に内定軍港と為したりと聞く、軍備を拡張し国防を充実せんとする今日に際し、該港の如きは尋常の商港と為すよりも寧ろ軍港となすの愈まされるを見る。野蒜石浜は殆んと築港の見込なく、女川は軍港と為すの必要あるが故に、剰す所は唯一の本網あるのみ而して本網の地たる何れの点より観察するも商港とするに十分の資格を有す今数項に分ちて之れを陳述せん。㈠商港は商業的地歩を占むるを要す、石巻は古来四日市と東西相対し東北の要津として商業上の利権を握れり、東北鉄道の支線塩釜に通するに及んて貨物の聚散一時に該所に幅輳し、其繁盛一層の増加を見る、之に反し石巻の陸運は依然として旧時の如き不便なるを以て其差又昔日の如きに非らすと雖とも、天然商業の枢地たる塩釜増加の比例には石巻の減少を見さる最近三年間の輸出入に徴するも猶左の如し。輸出入品の原価172

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